novel

「美しき女達」(作・きじるしたくみ)
 

プロローグ

既に下校を告げる大門寺の鐘は鳴っていた。

太陽が裏山に沈んでいく、その光が剣道場の床を赤く照らしている。
「果たしてこのわたしに・・・」
たったひとり、道場で素振りを繰り返している。
「・・・波がきれるのだろうか・・・」
一条真琴は素振りを繰り返しながら呟いた。

名門天堂中剣道部との練習試合で互角の勝負を繰り広げたあの日から1週間、大文字剣道部は新しい一歩を踏み出していた。
「きょうからワシがけいこをつけてやる!」
あの「のんべえ」と呼ばれた柳井与五郎も今は部員達と竹刀を交える日々を送っている。
彼は40年前に日本選手権三連覇の偉業を成し遂げた伝説の剣士。
当時の少年達はみんな彼の真似をして竹刀を赤く塗ったものだ。
その彼の魂ともいうべき赤竹刀が神棚に祭られている。
折れた赤竹刀が。
それは生まれ変わった剣道部の象徴でもある。
竹刀を抱き酒を浴びる彼の姿はもう無い。
過去の栄光に執着する老人はもういない。
そこには剣道に打ち込む若者達を導く「先生」の姿があった。
もっとも竹刀を折った少年が剣道部に姿を見せると、顔を真っ赤にし追いかけるという・・・。

「ついにワシから一本とれずじまいか」
今日の稽古で、一条は精彩を欠いていた。
コーヘイ、ミキ、トオルとの稽古では二本先取したが相手の良さを引き出してやるようにという柳井の課題は果たせなかった。
そして谷には面抜き小手で一本取られてしまう。
確かに谷の攻めの組み立ては見事だったが、いつもの一条なら反応できたはずだった。
谷から2本目を奪った胴打ちも、いつもの波きり胴とは比べ物にならない雑な打ち込みだった。
 「くやしかったらこのワシから一本とってみい!」
そうして迎えた柳井との稽古だが、打ち込みの鋭さや踏み込みの早さといった一条の流れるような竹刀捌きは見られなかった。
結果、五度打ち合ったにもかかわらずついに柳井からただの一本も奪う事が出来なかったのだった。

柳井や谷達が帰った後も一条は竹刀を振り続ける。
二学期が始まり、学園長から剣道部の廃部が取り消され再び活動が認められてからというもの、練習が終わった後もこうして日が沈むまで素振りを繰り返すのが、一条の日課となっていた。
素振りを続けていても、一条にいつものような爽快感や昂揚感はない。
頬を伝う汗、張り替えられた床板の匂い、竹刀の感触。
それらはいつもと全く変わりないはずなのに。

一心不乱に竹刀を振りつづける一条。
だが心の中に存在する己の迷いは消え去るどころかその大きさを増すばかりだった。

素振りをはじめてどのくらい経っただろうか。
道場の入り口から人影が伸びていることに気付く。
夕陽を背にしている為、ここからは逆光で顔は見えない。
「剣道部になんの用だ?」
だが返事は無かった。
その人物が誰なのか確かめようと眩しそうに目を細める一条。
その影の主が着ている制服は、大文字学園の青ではなかった。
赤い制服。
夕日を背にしながらも決して同化することなくその存在を主張する「真紅」の制服。

その赤い影は無言のまま剣道場に足を踏み入れた、文字通り「土足で」である。
今は亡き父の作った剣道部、それを守るために今まで必死でやって来た。
道場に土足で踏み入れるこの人間に対して友好的な態度を取る理由は無かった。
竹刀を持つ一条の右手に力がこもる。
その時、道場の照明に灯が入った。
時間や室内の明るさによって自動で点灯するよう道場の改築時に設置されたものだ。

赤い影の持ち主を蛍光灯の白い光が照らし出す。
茶色の長い髪、脱色などではない自然の美しさに目を奪われる。
紅い制服の胸に映える黄色のスカーフ、左胸には薔薇の花飾り。
そして何にもまして印象的な「彼女」の眼光。

(果たしてこの私に静波が斬れるのだろうか・・・)

一条真琴の視線の先には、大文字学園ただ一人の女番長(スケバン)紅静波の姿があった。

入学式を終えた生徒達が体育館から退場して行く。
その歩みに合わせて桜の花びらが美しく舞う、その前途を祝福するように。
ここは大文字学園中学校。
そして・・・巴男吾の姿はまだ、ない。

ふきだまり中学と呼ばれるほど今この中学は荒れている。
自由な校風、学生の個性や独自性を重んじる、といえば聞こえはいいが実際のところ学園内は弱肉強食、力が支配する世界であった。
全寮制という閉鎖された空間で新しい生活が始まる。

大文字学園はふきだまり中学としてだけでなく部活動がとても盛んな学校としても有名だ。
環境や施設の充実ぶりが優秀な学生達を呼び込む要因になっている。

この時期の中学校の光景に新入部員の勧誘合戦が見られると思う。
優秀な新入生を自分達の部へ入れようと過激な勧誘が行われる。

だが、ここ大文字学園は他校とは違いそのような勧誘はあまり見られない。
なぜなら運動部に入ろうとする新入生は皆自分のやりたい部活動を決めて、あるいはその実績をもって入学してくるからだ。
したがって人気のない部活には優秀な人材は集まらない。
過激な勧誘をする部活動は大抵たいした実績を上げていない人気の無い部活なのだ。
そのような勧誘で入部した新入生では即戦力とは成り難い。
そうして強い部はますます強くなり、弱い部はますます弱くなっていく。
これも大文字学園の運動部の一面である。

大文字学園剣道部、その歴史は古く学園を代表する部活動の一つ。
いや、それも過去の話である。かつての栄光は見る影も無い。
近年は対抗戦や地区予選で負け続け、昨年は部員不足のために試合への出場さえできていない。
学園内からは廃部の声も上がっている状態だ。

そんな弱小剣道部に入部を申し込んだ女子生徒がいる。

「アタシがたち直らせます!」
真新しい制服に身を包んだ一人の女生徒がそう宣言した。
「へ〜、この剣道部を?」
それを聞いている三人の男達はニヤニヤと薄笑いを浮かべている。

一条真琴、それがこの新入生の名前だ。

 

「剣道部をたち直らせるだと〜?そんな事がお前にできる訳無いだろ!女が一人でがんばったってムダムダ。帰れ!」
そう言ったのはこの剣道部の主将である。
「俺達は、部活動の紹介をやれって言うからここにいるだけなんだから」
「やらないと予算出ないもんな」
「そうそう、別に部員の勧誘なんてしてないんだし」
「そんな!」
一条はやる気のない先輩達に声を荒げた。
「お前もそんなにつっかかるなって、どうせもうすぐ廃部になるんだからよ」
「剣道部なんかやめて別の部活を探したほうがいいぜ」
そう言って手で追い払う仕草を見せる。
「お願いします、この剣道部は私の父が作ったんです!どうしてもこの剣道部を・・・」
必至の訴えを続ける一条の言葉をさえぎって主将が言った。
「うるせえんだよ、女のクセに!!」
だが、それでも一条は怯まない。
「お願いします!」
一条は頭を下げ言葉を続ける。
「お願いします!入部試験でもなんでもやりますから!」
それを聞いた主将は顎に手をやりニヤリと笑った。
「・・・入部試験ねえ」
その反応に一条は顔を上げる。
「はい!お願いします!」
主将は新入生の頭の天辺から靴の先まで視線を動かすと言った。
「そうだなあ・・・剣道部員はまず男らしくなくっちゃなぁ」
そういって二人の部員に目配せをする。
「そ、そうだな、男らしくなくっちゃ」
「そうだそうだ」
「・・・男らしく、ですか?」
一条は三人の話の意味が分からず聞き返した。
「そうだな、男じゃなくっちゃなあ」
「・・・?」
「剣道部に入るからには男になってもらわないと」
「・・・ど、どういう意味ですか?」
「つ、ま、り、男である事、これが入部の条件という訳だ!」
「そ、そんな・・・!!」
思わず絶句する一条。
「俺達を見りゃわかるだろう、全員男だ」
「あははは、こりゃいいや。おまえ男になってもらうぜ」
三人は笑い出した。

主将の出した入部の条件、それは身体能力や剣道の腕前を問うものではなかった。
女である自分を入部させたくない、ただそれだけのものだった。
悔しかった。
父の作った剣道部がこんな連中にいいようにされているのが。
彼女は両手を握り締めた、その左手には竹刀が握られている。

そして、彼女は覚悟を決めた。

「じゃ、じゃあ・・・男ならいいんですね!」

「ああ、お前が男なら俺達も大歓迎だぜ、あははははは」
主将の笑い声につられ他の二人も笑い出す。
「がははははは」
「わ、わかりました、失礼します!」
一条は律儀に頭を下げると、下品な笑い声を背に歩み出した。
その瞳に決意の光を、その胸に哀しみを携えて。

 

次の日。
彼女は肩まである黒髪を後ろでまとめ、男子の学生服を着て剣道部に現われた。
「これで文句はないだろう!」
三人の顔から昨日の薄笑いは消えた。

剣道部の先輩達にとって竹刀とは、学園を快適に過ごすための道具でしかなかった。
他人を支配するための、自分に従わせるための道具。
(竹刀はケンカの道具ではない!)
三人に試合を申し込み徹底的に叩きのめした。
「こ、こんなはずでは・・・」
主将は力無く呟いたが、一条には剣を交える前から分かっていた事だった。

すでに喋る事も出来ず呆然と座り込んでいる三人を見下ろして言った。

「これで分かっただろう!! 剣の道に・・・男も女も無い!!!」

翌日、学園の事務員から3通の退部届けが届いた。
一条真琴は大文字学園剣道部に所属するただ一人の部員となった。
こうして彼女の、いや彼の学園生活は始まる。

一条真琴。
その名前はたちまち学園内に知れ渡った。
大文字学園ただ一人の剣道部員として、そして男子学生服を着た女子生徒として。

「ちょっと一条さん、何回言ったらわかるの!ちゃんと学校指定の制服を着て下さい!」
その声の主は隣のA組の委員長、森下だった。
ピンと跳ねた前髪と黒縁メガネがトレードマークの彼女。
一条と違い身につけている物全てが学校指定ブランドという徹底振りだ。
(また森下さんか・・・隣のクラスなのになぁ)
一条はそう思ったが口には出さなかった。
初めてこの格好をした日に一度だけ口論になったが、最後には理解を示してくれた。
それでももう毎日のように言われているので彼女なりの挨拶だと思うようにしている。
このあと決まって玄田にとばっちりが行くのだ。
(ただ単に玄田と話がしたくて来ているのではないか?)
委員長という仕事に燃える森下だが、玄田と話している時はその表情が優しくなるように思う。

「ちょっと玄田クン!B組の委員長はあなたでしょ。なんで注意しないのよ!」
朝練があったのだろう、机にうつ伏せになってぐったりしていた玄田だが森下の声でその巨体を起こす。
「やあ、おはよう森下さん」
「一条さんに制服貸したの、あなただっていうじゃない。どういうつもりなの?」
「い、いやそれにはいろいろあってなあ・・・」
「そんな言い訳は通じません!」
「別に制服ぐらいどうって事ないと思うがなあ・・・」
「そうはいかないわ、生徒手帳に書いてあるでしょ!第16条2項・・・あっこら玄田クン、寝ちゃダメだって!」
森下は今にも眠りにつきそうな玄田を相手に生徒手帳の話を始めた。
(玄田も大変だな・・・にしても他に話す事あるだろうに)

実のところ一条の制服について学校側は、全く問題にしなかった(森下にすれば大問題らしいのだが)。
当人の普段の学習や生活態度に問題は無く、今まで活動らしい活動をしていなかった剣道部を再建させようとするその行動は学校側としても望むところだったからだ。
クラスメイトも一条に対して普通に接している。
この学園の個性的な生徒が多く、これくらいの事で驚いていてはここで生活はできないのだ。

多少の事件はあったものの入学以来比較的平穏な日々が続いていた。
それが一変するのはこの日から2日後のことだった。

 

3時間目の休み時間、突然1年B組の扉が開かれた。
「一年坊主どもォ!席につけェ!!!」
休み時間の騒がしさが一瞬にして失われた。
その静けさの中、入って来たのは薄汚れた柔道着に身を包んだ8人の男達だった。
それぞれが竹刀や角材を手に持っている。
「なんだァあんたらは?」
玄田は教室の生徒を代表するようにそう言った。
柔道着の男達のうち4人が、無言で玄田を彼の席から引きずり出すと教室の外へと連れて行った。
廊下で聞こえる鈍い音が途絶え、4人が教室に戻ってきた。
もちろんその中に玄田の姿は無かった。
彼ら8人は周囲を威嚇しながら黒板の前に整列する。

「我々は柔道部だっ!学校生活にはもう慣れたかね?」
その質問に答える者はいなかった。
「知っての通りこの学園は、ケンカやイジメなど暴力事件に事欠かないっ!」
「そこでだっ!我々柔道部が、楽しく学園生活を送る方法を教えてあげようではないかっ!」
「その方法とはっ!」
「我々、柔道部に、服従を誓う事だっ!!」
言うと同時に竹刀を黒板に叩き付けた。
「俺達柔道部の言う通りにしていればバラ色の学園生活を約束しようではないかっ!」

(あいつらは・・・)
一条は教室に入って来た柔道部員の中に見覚えのある顔を見つけていた。
剣道部を退部したあの三人の先輩達だった。
あの下品な薄笑いをその顔に浮かべている。
三人はお互いに目配せすると竹刀を手に一条の席までやって来た。
「お前達・・・何の用だ」
「一条、お前にひとつ言っておくことがあるのさ」
「俺達三人はお前に剣道部を追い出されたあと柔道部に入部したんだよ」
「何ィ?」
「いいか、剣道部の再建など絶対にさせんぞ!」
「俺達を追い出した事を必ず後悔させてやるからな!」
彼らの宣戦布告に一条は何も言う事ができなかった。
目をそらさずにいるのが精一杯だった。

 

柔道部は1年A組にも来ていた。
「・・・そ、そんなっ!」
静まり返る教室で一人抗議の声を上げる森下。
「暴力で他人を従わせようなんて・・・あなた達は間違っています!生徒手帳にもそのような規則はありません!」
「お前、名前は?」
「委員長の・・・森下です」
「一つ教えてやろう。これからこの学園では俺達が規則だっ!!そんな手帳はここではもうなんの役にも立たん!」
彼女に竹刀が振り下ろされる。

その瞬間、バラ色の学園生活などには到底なりそうにない事を教室にいた誰もが理解した・・・。

一条真琴が剣道部を訪れている時、同じように一人の新入生が入部を申し込むために廊下を急いでいた。
関和美、それがこの新入生の名前だ。
入学式を終えた彼女がその足で訪れたのは大文字学園新聞部の部室だった。

「失礼しま〜す」
扉を開けると、そこは目の回るような忙しさだった。
この部屋ではどうやら入学式の記事をまとめているらしい。
「ごめん、ちょっと待ってて」
「そこのイス空いてるからね〜」
忙しく動いている彼等に声を掛ける事が出来ず、言われたままイスに座る。
「君、入部希望?じゃあバックナンバーでも見ててよ」
そういって渡されたのがこの学園で発行されている新聞「大文字タイムス」だった。
行事日程や会議報告、役員連絡・・・書かれている記事に次々と目を通していく。
運動部の大会取材や入賞者の記事、教員の異動、この学園での出来事が事細かに記載されていた。
(お、面白い・・・!!!)
小学校の壁新聞とは比べ物にならない程充実した紙面に感動を覚えた。
さすが新聞コンクールで常に上位に名を連ねているだけの事はある。
掲載されている写真や記事のレベルは想像以上だ。
ここの卒業生が業界で引っ張りだこというのも頷ける。
「ごめん、お待たせ」
ここの部長だと紹介される。
優しそうな先輩に和美の緊張が少しほぐれる。
「ここはね〜3年生が4人だけなんだよ」
「2年生の方はいないんですか?」
「始めはいたんだけどみんな途中で辞めちゃったんだ・・・」
「そうですか・・・」
「僕等が卒業するまでの間で新聞部の事を全部覚えてもらう訳だけど」
大丈夫かな、と付け加える。
「アタシ体はちっこいけど陸上やってたんで体力も根性も自信あります!!」
「取材も、写真も、もちろん記事だって書いてもらうからね」と他の部員から声が飛ぶ。
「やらせてもらえるんだったら何でもやります!!」
「いいね、その元気!校正や印刷、広告の取り方までありとあらゆるノウハウを叩き込んでやるぞ!」
元気の良い新入生の登場に部室が活気付く。

和美が先輩達と話し込んでいると部室の扉が開いた。
姿を現したのは眼鏡を掛けた女子生徒だった。
「おっ早かったね!」
「す、すいません遅くなって。資料室の場所がよくわからなくて・・・」
「いやあ助かったよ」
どうやら彼女は資料を取りに行っていたようだ。
和美は思った(この眼鏡の子うちのクラスじゃなかったっけ?)
「あっ紹介するね、君が資料取りに出てる間に来たんだ。この子も入部希望だよ。え〜と名前は・・・」
「関・・・和美さん、ですよね?」
和美が答えるよりも先にその眼鏡の少女が小さな声で答える。
「そう関和美さんだ、ってなんで知ってるの?」
「・・・えっ、だって同じクラスだから・・・」
「へ〜偶然だねえ」と思わず感心する部長。
「・・・関さんよろしくお願いします・・・」と消え入りそうな声で挨拶する。
(大丈夫かなこの子・・・)和美は少し不安を感じたが「よろしく」とペコリと頭を下げる。
「原稿は終わったから、あと最終のチェックをしたら今日はもう上がりだよ」
「今日はもう帰ってもいいけど、どうする?」
「いいえ、何か出来る事があれば手伝わせてください!」
「じゃあ関、この原稿チェックして」
「えっ、いいんですか?」
「さっきも言ったけど、うちは人数少ないからなんでもやってもらうよ。その代わり一生懸命やってれば総合的な能力が身に付くから、頑張れよ!」
「はいっ!」
和美は持ち前の明るさで、早くも部の雰囲気に馴染んでいるようだ。

そして次の日、和美は新聞部として早速活動を開始する。
といっても大げさなものではなく、『一年A組を覗いて一条真琴という生徒を見てくるように』という事だ。
和美は部から借りたカメラで一条の写真を撮ると、一条のクラスメイトや先生に話を聞いた。
そして部長に男装の理由が剣道部にあるとの報告を入れる。

「なんでも元々いた剣道部員を追い出して、一人で活動するみたいですよ」
「・・・そいつはまずいな」
少し考えて部長が言った。
「なぜですか?」と和美は反射的に問いただした。
「剣道部は今まで活動らしい活動はしていなかったんだ。でも頭数は揃ってるし届けも出してるから、剣道部の存在は学園側も認めている。部が存在すれば学園側からは部費がでる。そしてその部費の一部を、彼等はどこかの部に上納していた節があるんだ」
「そんなヤクザみたいな事ホントにあるんですか?」
「証拠がある訳じゃない、でもウチの学園は部活動に対してはかなりの援助があるからね。やる気のない連中がやっているんだ、当然部費は余っていいはずなんだ」
部長はコーヒーに口をつけると話を続けた。
「彼らは部費を使いきった、もちろん何に使ったか正確には分からない。だが私達の持っている情報では別の部へ、部費が流れているようなんだ」
「じゃあいい気味ですね!そんな連中さっさと追い出してくれて。剣道部も活動ができるし部費も有効に使えるし」
「いや、事はそんなに単純じゃない!追い出された彼らは金を失うだけじゃない、上納していた連中からの庇護も失うわけだ。もしその連中から圧力がかかれば、彼等は何かしらの行動を起こすかもしれない」
「それは・・・剣道部が危ないって事ですか?!」
「何も起きなければいいが・・・」
学園の裏事情を知った和美が熱くなる。
「だいたいそんな上納金を集めるような連中っていったい何者なんですか?!」
「札付きのワルさ・・・」
部長の表情が曇る。
「この学園には、他の中学なら一人で番をはれるような連中が何人もいるんだ。柔道部や空手部、ボクシング部やラグビー部。この学園で強いと言われる部はそういう奴等が支えているんだ。もちろん部活をやっていない生徒の中にも、力を持った不良はいる。そして今はまだその不良同士の抗争が続いている」
「不良同士が、ですか?”仁義なき戦い”みたいですね」
「この学園では毎年3学期くらいから、二年生同士の抗争が表面化するんだ。三年生が卒業し、自分達が最上級生になる。その時に自分達の派閥が大きければ学園生活がより快適になるという訳だ」
「それがまだ続いているという事は・・・」
「そうだ。去年はその二年生同士の派閥争いに決着がつかず、今年に持ち越されているんだ」
「これから何か起きるんでしょうか?」
和美の問いに部長は答えた。
「その可能性は十分にあるだろうな・・・」

そして数日後、和美はある噂の真偽を確かめるために学校を休む事にした。
新聞部のカメラをカバンに隠し持って。

「関さん具合はどう?」
「だめ、熱はないみたいだけどね」
和美は寮のルームメイトに学校を休む事を告げると再びベッドにもぐり込んだ。
「関さん、先生には私から言っておくからゆっくり休んでね」
ごめんねと謝る和美にルームメイトは気にしないでと言い残し部屋を後にする。

和美は誰もいない部屋でもう一度「ごめん」と呟く。
(あ〜あ、人を騙すのはやっぱりいい気持ちはしないわね・・・)
和美は仮病を使ったのだった。
もぐり込んだベッドの中で、昨日の出来事を思い出していた。

 

和美は一人残って部室の備品や資料を整理していた。
子供の頃から家の手伝いなどあまりした事がない彼女、性格からいっても明らかに散らかす方が得意だ。
だが新聞部は部員の数が少ないので当然一年生には色々な雑用がやってくるのだ。
ようやく不得手な仕事を終えて帰ろうとした時、部室に部長がやって来た。
その表情は暗く沈んでいた。

「自分では綺麗にしたつもりなんですが・・・」
和美は申し訳なさそうに部長にそう言うとコーヒーを勧める。
部長は一口飲んだ後話し始めた。
「運動部に不穏な動きがある」
独り言を呟くように話を続けた。
「明日1年の教室に押し入るらしい・・・」

「原因は剣道部の事件でしょうか?」
それもあるだろうが、と前置きして話を続ける。
「部活に所属していない新入生で見込みのある生徒を自分達の仲間に引き入れるか敵になりそうなら叩く、それが奴等の目的らしい」
「なんとかそれを止める事は出来ないんですか?先生に伝えるとかすればいいんじゃないですか?」
「先生達もそれとなく感づいているみたいだし、何もしてくれないんじゃないかな・ ・・」
「そんな・・・」
そう言いながら和美はなんとなく納得してしまう。
この学園の教師はどこか生徒に対して怯えながら接しているように感じることがあるのだ。
ふきだまり中学と呼ばれる学校で教える教師の気概といったものはあまり感じられない。
もちろんそうではない教師もいるのだが少数派だ。
「私達には大文字タイムスがあるじゃないですか、そこで運動部を糾弾する記事を書くんですよ!」
和美の意見に部長は首を振った。
「僕ら新聞部が伝えるのは事実だけだ。そんなに簡単に生徒や先生を煽ってはいけない」
「ちょっと消極的すぎるんじゃないですか?」
和美は思わず椅子から立ちあがる。
「一つ教えておくよ、この部になぜ2年生がいないのか・・・」
部長の表情が険しくなる。
「去年彼らは運動部の不良学生を非難する記事を書いたんだ。その後、彼らは運動部から毎日のように嫌がらせを受けたんだ、大文字学園を転校していくまでずっとね」
「・・・だから何もしないんですか?仕返しが怖いから!」
和美は部長に詰め寄った。
「何もしない訳じゃない。ただ、今は静観するというだけの事だよ」
「・・・静観ですか」

それから二人が言葉を交わす事はなかった。

(部長が何もしないなら私がやるしかないわ!)

和美は食堂で遅い夕食を済ませたあと部室に向かった。
そして新聞部のカメラをカバンに忍ばせたのだった。

 

コンコンとドアをノックする音に目が覚める。
いつのまにか眠っていたようだ。
食堂から戻って来たルームメイトがお粥を用意してくれた。
「ここに置いておくから少しでも食べてね」
彼女が登校していった後、和美は体を起こし素早くそれを平らげた。

女子寮の二人部屋に備え付けられている2段ベッド、和美が寝ているのはその下段だ。
そこには布団以外にファッション雑誌やスナック菓子の袋、昨日のブラウスや靴下といろんな物が置かれている。
和美は着ていた緑色のジャージをポンポンとその上に脱ぎ散らかす。
スカートを履きブラウスのリボンを結ぶ。
ハンガー代わりにしている椅子の背もたれから、掛けてあったブレザーを手にする。
袖を通すとブラウスごと袖を一気に捲り上げる。

和美は机の引き出しから白い長方形の箱を取り出す。
中を開けると赤いバンドの腕時計が入っていた。
大文字学園の入学祝いに家族から贈ってもらった物だ。
左の手首にその時計を、そして額に赤いバンダナを巻き気合を入れる。

新聞部から持ってきたカメラをカバンから取り出し手提げ袋に入れ替える。
準備を終えた和美は部屋の電気を消して廊下に出た。
もう授業が始まっている時間なので女子寮の中は静まりかえっていた。
寮を出ると石段を下り、南校舎に向かった。
人目を避け裏口から入ると自分のクラス1年C組の教室に向かった。
足音を殺し慎重に周囲を確認しながら階段を登っていく。

和美が到着した時にはA組B組と同じようにC組にも男達がやって来ていた。
ただし、教室にいたのは柔道部ではなかった。

「いいか、よく聞いておけよ!」
男達は教壇に立ち演説を始めた。
「我々はボクシング部だ、今日からお前らは我々の・・・」
(やっぱり部長の話は本当だったんだ)
和美は引き戸の僅かな隙間から覗き見る。
(運動部同士の対立、学園の勢力図の変化)
頭の中で状況を整理し、確信した。
(こいつはスクープだわ!)

和美は持ってきた手提げ袋からカメラを取り出す、(落ちつけ!)と自分に言い聞かせながら。
そしてカメラを覗きこみ素早くピントを合わせる。
(う〜ん、やっぱりこの隙間じゃ写真撮れないや)
首をひねり思案する和美。
(角度も悪いわね・・・もうちょっと開けちゃおう)
音がしないようにゆっくりと引き戸の隙間を大きくしてゆく。
ごく僅かだが戸車がキィキィと悲鳴を上げる。

大胆に入り口の隙間を広げシャッターチャンスを狙う。
教壇に立つボクシング部の面々が全てフレームに入るようにカメラを構えシャッターを押す。
カシャッ!
同時にストロボが反応し、白い閃光が教室に注がれる。
(しまった!)

突然の光に男達は驚いた。
「なんだァ?」
「誰だァっ!!」
入り口の近くに立っていた男がバタバタと走り寄ってくる。
勢い良く扉が開きその男と目が合う。
和美は片膝を着いたままの姿勢で少し引きつった笑顔をその男に返した。

 

「ちょっと乱暴しないでよ!」
両脇から左右の腕を捕まえられC組の中に連れて行かれる。
クラスメイト達が心配そうに自分を見つめている。
(まいったなぁ・・・どうしよ)
もし両手が自由ならばうずくまって頭を抱えていただろう。

「やっぱりコイツ新聞部だったぜ!」
(確かあのカメラには白マジックで「新聞部」って書いてあったからなあ。バレバレね)
「そのカメラ、フィルム抜き取っておけよ」
その上級生の指示でカメラからフィルムが抜き取られる。
(あちゃ〜これじゃ記事も何もないわね・・・)
アタシ何しに来たんだろ、という気がしないでもない。
(このクラスには新聞部員がもう一人いるんだけどなぁ・・・)
と、そっちの方向を見るが、肝心の彼女の顔色は真っ青だ。
そして目が合うと両手で顔を覆ってしまう。

(ま、自分に何かあれば部長も動かざるを得ないでしょ)
和美は開き直った。

 

「アンタ達なんでこんな事するのよ?!」
とりあえず挑発してみる。
両腕を抱えられ身動きが取れないので和美に出来るのは口撃だけだからだ。
「新聞部にべらべらと話す舌は持ってねえよ」
そう言いながらへらへらと笑いながら顔を近づけてくる。
「あんまり近づかないでくれる、口が臭いわよ!」
「な、な、な、な、」
男の顔がみるみる顔が赤くなっていく。
「頭殴られすぎて舌も回らないみたいね」
「なんだとォ!」
「そういやアンタ達みんなブサイクばっかりね!殴られすぎ?それとも生まれつきなのかしらね?」
「テメエこっちが大人しくしてりゃいい気になりやがってェ!」
その男が拳を振り上げた瞬間
「やめな!!」
窓から外の景色を見ていた男がこちらを向いて一喝する。
「どうやらアンタが親玉のようね?」
「親玉ねえ・・・そんな言葉しか出ないんじゃ良い記事は期待できないなあ」
「へえ、アンタ中々言うじゃないの」
「一応ここのキャプテンなもんで言われっぱなしじゃカッコつかないだろ!おっとどうやらお隣さんでも始まったみたいだなあ」
確かに隣りのD組からも人の声がする。
彼の言うようにD組にも運動部がやって来ているのだろう。
その声は大きくなってきている。
「何だかあっちは派手にやってるみたいだなあ」
D組の生徒が廊下を走って逃げるのが窓から見える。
壁越し廊下越しに怒声や机か何かが倒れる音が聞こえる。
D組で騒ぎが起きているのは間違いない。
これで一年生の全クラスに上級生がやって来ている事になる。
「見てなさい!この事はきっと記事にしてみせるわ!!」
「ここの新聞に?無理だと思うなあ」
「・・・どういう事よ?」
「悪いがお前らの部長さんはお飾りだ、あの時も2年生全員辞めさせて反省させてやったしあんな記事はもう二度と書かないんじゃないかなあ」
(新聞部の2年生達が学校を転校するように仕向けたのはコイツの仕業なの?)
その言葉を聞いた和美は反射的に言葉を返していた。
それは彼らボクシング部、いや運動部への宣戦布告とも言えるものだった。

「アタシ負けない!必ず証明してあげる。ペンは拳よりも強いって事をね!!」

その時、突然C組の教室の後ろ側の引き戸が勢いよく開いた。
「た、助けてくれェ!!」
叫び声を上げ、白い道着の男が飛び込んで来た。

(あれは、空手部?!)

ボクシング部員達の顔色が変わるのを和美は見逃さなかった・・・。

「テメェ何しに来やがった?」
ボクシング部員が教室に入って来た男に向かって拳を構える。
一瞬にして教室の中に殺気が充満する。

「空手部か?」
そう問う主将が殺気立つ部員達を左手で制する、彼らはしぶしぶそれに従う。
(この余裕・・・やはり主将だけのことはあるわね)

主将の統率力に感心しながらも和美は部員達の態度で空手部とボクシング部の対立を確信した。
(この状況を利用する手はないだろうか・・・)

「と、とにかく来て下さい、大変なんです!!」
その言葉を聞いて主将は不敵な笑みを浮かべる。
「さあて、どうするかなあ?」
顎に手を当て考える仕草をしている。
「オレ達は正義の味方って訳じゃない、空手部がどうなろうと構わないんだぜ」

「助けてください!お願いします!」
その男は主将にすがりつき懇願する、C組の生徒達は突然の展開にざわついている。
「分かった分かった、行ってやるよ!だがこの貸しは高くつくぜ」
男の態度に自尊心を満足させたのだろう、すがりついてくるその男を振り払った。

「いくぜ、お前ら!!」
部員達を制した時と同じく左手を挙げて号令する。

「そうだ、そこの新聞部も連れて来い!」
主将はそう言って和美を指差した。
(うわッ!なんでアタシがっ!?)
これ以上無い程思いっきり不満そうな顔をする和美、そしてそれを見て満足そうに笑う主将。

良くも悪くも目をつけられた事には違いない。
(C組のみんなに危害が加えられなかっただけでもマシね)
そしてなによりこの事件をど真ん中から追い掛ける事が出来る、その事に軽い興奮を覚えていた。

 

和美を連れたボクシング部員達が見たD組の教室の光景は酷いものだった。
椅子や机は倒れ、そこら中に教科書やノートが転がっている。
黒板は傾きゴミ箱からは中身が撒き散っている。

「まさに台風一過ってヤツだな」
主将が感想を述べる。
(オイオイ、その使い方間違ってない?)
和美は思いはしたが口に出して得する事はないので黙っておく。
(いつか恥をかくがいいわ!)

教室の中には空手部員が倒れている、その数あわせて7人。
腹や顔などを押さえうめき声を上げている。
どの部員も自力では動けないような状態だ。

(さっき聞いた人の争う音ってこれだったんだ・・・)
運動部が一年生を相手に暴れているものだと思っていたが実際はその逆。
この教室に来た運動部がD組の生徒達に襲われたのだろう。

新聞部の部長も言っていたが、こんな一年生達の存在がこの学園抗争をますます拡大させていくのだろう。
(それにしても空手部を相手にこれだけの力をみせる一年生達、何者なのか調べる必要があるわね)

「ねえちょっと聞きたいんだけど、空手部って結構強いの?」
側に立つボクシング部員に尋ねてみる。
「そんな事聞いてどうするんだ?」
「これをやった連中がどのくらい強いのか、空手部の実力から推測できるじゃないの?」

それを聞いた主将は和美の意見に感心したようだ。
「なるほど・・・するとかなりの腕をもった連中という事になる、オレはこいつらが空手の対抗試合で負けるところを見た事がないからな」
もっとも空手部などオレの敵ではないがナ、と主将は付け加えるのを忘れない。

和美が閉口していると主将が一番近くに倒れている空手部員に呼び掛ける。
「おい!今日はお前んトコの大将は来てないのか?」
顔を歪めながら男は僅かに頷く。

「それにしてもこれは・・・」
そう言った主将のその表情からは感情が読めなかった。

同行してきた空手部員の方を向いて言った。
「教えろよ、ここで何があった?どうせお前らも1年を教育してたんだろうが?」
問われた男は頼りなげに答えた。
「後ろの方で居眠りをしていた男がいきなり暴れ出して、オレはその男に胸倉を掴まれ黒板叩きつけられてそのまま・・・」
気を失った訳か、と主将が無表情で付け加える。

「黒板の下で意識を取り戻した後、その男が仲間と戦っている隙を突いて・・・」
「隣りのC組に助けを求めてきたという訳ね・・・」
今度は和美が言葉を付け足した。

「とにかくすごい力だった、こっちの技や武器など全く受けつけないし・・・」
その時の様子を思い出したのか、それとも逃げ出した自分を後悔しているのか、頭を抱えてうずくまってしまった。

「ちょっと待って、その様子だと7人もの空手部を倒したのがたった一人の・・・」
和美が言葉を最後まで続ける必要は無かった。
この場にいた誰もがその一年生の凄さを感じていた。
あの主将までもが、である。

 

 

C組に現われた空手部。
屈強な彼らを薙ぎ倒した謎の一年、その男が空手部員に発した最初の一言はこんな言葉だった。

「ウルサイのォ〜〜〜〜」

教室の真ん中、後方の席からそんな声があがる。
「少し静かにしてもらえんか?」
教室のあちらこちらに立ち威圧する空手部員に対してそう言い放つ。

学帽を目深に被り、腕組みをしている。
木製の棚に浅く腰掛けている、既成の椅子ではその巨体を支えられないのだろう。
そして両足を机の上に組み上げている。
見るからに只者ではない雰囲気を醸し出している。

「折角ワシが気持ち良く寝ておる時に・・・」
口上を続けるまでも無く空手部員から当然の反応が返ってくる。

「生意気な1年め!」
「叩きのめしてやる!」
「オレ達の力を思い知らせてやるぜ!!」
どこから持ってきたのか空手部のクセに竹刀や鉄パイプ、スチールチェアを手にしている。

「叩きのめすじゃと?」
その言葉を聞いて腕組みを解く。
目深に被られた学帽、そこから覗く目がカッと見開かれた。
両足を掛けていた机を蹴倒して立ち上がる。

その巨体にたじろぐ空手部員を見て、男の口元から笑みがこぼれる。
「このワシを?叩きのめすだと?」

「・・・学園台風と呼ばれる、このワシをか!!!!!!」

 

教室の中央付近で大見得を切る学園台風こと北島剛・・・そして、そんな彼を冷ややかに見つめる眼差しがあった。

紅静波である。

(続く)