novel

「美しき女達」(作・きじるしたくみ)
 

その大男が教室にその姿を現したのは入学式以来である。
彼は教室での眠りを堂々と愉しんでいた。
(グフフ、こうやって教室で堂々と寝るのが一番じゃワイ)
豪快そうにみえるがイビキなどはかかずその寝息は静かなものだった。
時折その大きな体をびくっと痙攣させて周囲の生徒達を緊張させた。

彼はその穏やかな眠りを妨げた空手部に怒りの矛先を向けようとしていた。

「学園台風と呼ばれる、このワシをか!!!!!!」
自らを学園台風と名乗るこの大男、名を北島剛と言う。

 

学園台風、かつてそう呼ばれる男がいた。
今から20年程前にこの学園を、そして近隣四県を支配した総番長の呼び名である。
百を超えるケンカその全てに勝利し、数々の伝説を残した。

北島剛の小学校時代、彼は乱暴者ではあったがその心根は優しさに溢れていた。
だがその巨体と風貌は自然と彼の所に争いを招き入れた。
最初は振りかかる火の粉を払っているつもりでいたが、いつの間にか自分の圧倒的な強さに酔うようになった。
いつしか彼は学園台風の再来と呼ばれ恐れられた。

この大文字学園は彼にとっては学区外となる。
この中学へわざわざ入学して来た理由。
それは学園台風の伝説が始まったこの場所で、自らが新たな伝説を築くためだ。
そして今日、また新たなページが記されようとしている。


「ん?」
「学園台風?」
大見得を切った北島だったが空手部は戸惑いの表情を浮かべている。

大文字学園の生徒は全寮制というほぼ閉鎖された空間に独自の世界を持っている。
もちろん新聞やTVは見る事が出来るが、最も大切な口コミという生きた情報に触れる
機会が少ないのが現状だ。
学園台風の名声は決して低いものではなかったがその反応は鈍かった。
そしてその事が逆に彼に火を付けた。

「このワシを知らんとは!」
やれやれというように首を振って見せる。
「それでは挨拶代わりにひと暴れと行くか!」
北島剛はそう宣言し体を揺すって豪快に笑う。


「台風!!!!!!!!!」

そのひと声で巨体がビクリと動きを止めた。
その大男を制したのは教室窓際、一番後ろの席に座っている美しい女子生徒だった。

彼女は言った。
良く通る、人に命令するのに慣れた声で。

「埃が立つ、外でやりな!!」

「ワシは誰の指図も受けん!!」
間髪をいれず答えが返ってくる。

「・・・・・・・」
その女子生徒は無言で席を立つと優雅な足取りで廊下に向かって歩き出す。
「おヌシとの決着はまだついておらんぞ!」
台風が叫んだ。
「その大きな絆創膏がまた増えるだけね」
台風の方には見向きもせずに答える。
確かに北島剛の鼻と顎には大きな絆創膏が貼られている。

この美女と野獣にどのような過去があったのか、それはこの絆創膏が物語っている。

「待て女!逃がしゃしねえぞ!!!」
一人の空手部員が立ち塞がる。
彼女のその瞳が鋭さを増した。

「うう・・・」
圧倒される空手部員は視線に絡め取られたかのように一瞬動きを止める。
しかし防衛本能が働いたのか、瞬時に鍛え上げられた拳を繰り出した。
だが彼女はその拳を優雅に避けるとそのまま手首を掴んで捻り上げる。
同時に足を払い床に仰向けに這わせる形となった。
グシャ!
その瞬間、彼女の上履きの踵は仰向けになっていた男の口を塞いでいた。

「フフ・・・」
浮かせた踵の下にあった光景に満足げな微笑を浮かべる。
だがその瞳の冷たさは見る者を凍り付かせる。
「フフ、これで歯磨きの必要は無くなったわね」
口を押さえて床を転げ回る男に言い捨て教室を後にする。
教室の誰もが彼女を見送った、その瞳に魅入られ凍り付いたかのように。


その凍り付いた時間を動かしたのは台風の一言だった。
「・・・さあ、ワシらも始めようか?」

台風のその言葉を聞いてD組の生徒たちは座っていた椅子から一斉に立ちあがった。
今から始まるであろう出来事を想像したのだろう、美少女の消えた教室の後ろの出入り口に殺到する。
例え空手部といえどパニック状態の、津波のように押し寄せる一年生達を止める事は出来なかった。


その津波が引いた後、D組の教室に残っているのは空手部員と学園台風のみだった。
表情は対称的だ。
思いも寄らぬこの状況に戸惑いを隠せない空手部員達、お互いに顔を見合わせている。
方や台風はこの状況、そして空手部員達の反応を明らかに愉しんでいる。

先に動いたのは台風の方だった。

およそその体格からは想像のつかない早さで近接する空手部員との間合いを詰める。
グローブのような手で白い空手着の胸元を掴む。
台風がそのまま絞り上げるとその両の素足は床を離れた。
天井に届けとばかりに差し上げられた台風の右腕。
それが振り下され白い塊が黒板に向かって「飛ぶ」。
黒板が悲鳴を上げ男が床に転がる。
叩き付けたその黒板からは白いチョークの粉が舞いあがった。

人間一人の体重というものを全く感じさせないその行為に空手部達は息を呑んだ。

「うおおおおお!」
男達は叫びと共に襲いかかるが、台風の巨体は彼らの蹴りを、拳を、全く受け付けなかった。
そして、巨大な象が小さな蟻の群れを見下ろすように言った。
「なんじゃその程度か?」

空手部員の鍛え抜かれた技もその男には通じなかった。
まるでいらなくなった玩具を放り投げるように空手部員達を掴んでは机や壁に叩き付ける!
一人また一人と動かなくなっていく空手部。
大立ち回りを繰り広げる台風の猛威は収まる事を知らない。


黒板の下で粉だらけになった男が目を覚ます。

霞みがちの視界が捉えた光景。
荒れ果てた灰色の教室、そして台風と対峙する二人の空手部員。
鉄パイプと椅子で殴りかかる。
だがそれらは台風に届く前に彼らの手から離れてしまう。
台風の左右の手の平はそれぞれの頭を捉えて絞め付けていた。
「これで最後じゃ!」
掴んでいる二人の頭部を鉢合わせにする。

その音は空手部の敗北を告げるゴングだった。
チョークの粉に咳込みながら一人の男が教室を飛び出していった。

台風がぐるりと教室を見渡す、自分の他にここに立っているものは無い。
やがて台風も荒れ果てた教室を後にした。

「・・・静波め!!」

紅静波、彼女を語る上で忘れてならないのはその父親の存在である。
貿易会社を経営している彼にとって静波は自慢の一人娘だ。
静波が大文字学園に入学すると決めた時、彼女の父親は猛烈に反対した。
結局周囲の人間から子離れを促されしぶしぶ承諾した形となった。
ふきだまり中学と呼ばれるほど危険な大文字学園へ愛娘を送り出す父親。
「娘に安全に学園生活を送ってもらいたい」
彼女の父親は入学式までの間その事だけを考えていた。

 

「何処じゃ〜〜静波〜!!!」
校舎に響き渡る台風の声。
D組を去った台風は静波を追った、とはいえ静波の行き先に心当たりなどあるはずも無い。
闇雲に校舎内を歩き回り、そして叫ぶだけだ。
「静波〜〜〜!!!」
苛立つ台風は拳を壁に打ちつける。
(くそっ!何処におるんじゃ!!)
パラパラと白い塗装が剥げ落ちる。

階段を降りながら再び絶叫する台風。
「静波ーーーーーーーーー!!!!」

「アタイの名前、叫んで回ってんじゃないよ!!!!」

台風は捜し求めていた獲物の声を聞いて、今降りてきた階段の上方を見上げる。
不機嫌そうな顔をして現われた静波、階段の踊り場から台風を見下ろしている。

「そんなに!そんなにアタイと勝負したいんなら!今日の六時、裏山へ来な!相手になってやるよ!!」
静波が台風を指差して言う。
「グフフ、分かった!!」
会心の笑みを浮かべる台風。
その笑いは彼女の神経をさらに逆撫でするものだった。
「6時だ!遅れるな!!!」
静波はそう言い残して階段を上っていった。
(今度はそんな絆創膏程度じゃすまさないよ!)

 

大文字学園の裏山、ここには大門寺という寺が建っている。

室町時代末期、この大文字一帯を領地にしていた戦国武将がいた。
大文字学園の裏山にその居城があった。
現在この城は残ってはいないが、大門寺の境内の脇に城跡を示す石碑を見る事が出来る。
さらに大文字学園の敷地内には同じ頃に立てられた土蔵がある。
この古い土蔵には焼け落ちる城から城主らが逃げる時、土蔵から井戸へと続く隠し通路を通って逃げ延びたという逸話が残っている。
大門寺はその城攻めで倒れた武士達の霊を慰めるために建立されたものだという。

大文字学園の裏山は、学園の土蔵裏と並んで生徒同士のケンカによく使われる場所だ。
裏山はその広さから多人数同士のケンカに、土蔵裏は主に一対一の勝負の場所として使用される。
そして今、その土蔵裏では二人の男が人知れず死闘を繰り広げていた。
二人は白い空手着にその身を包んでいる。

1年D組に乗り込んだ空手部は台風によって薙ぎ倒された。
だがその中にこの二人が加わっていたとしたら、教室で倒れていたのは台風だったはずだ。
なぜならこの二人は空手部の双璧ともいえる実力者だからだ。

「オレをこんな所に呼び出してどういうつもりだ?」
「主将!お話があります!!」 その表情は険しい。
「決行まで余り時間がないんでな、手短に頼むぜ」
その言葉を聞いて男は決意を固めた。
「もうやめて下さい主将!暴力で学園を支配しようなんて間違ってます!」
「その事か・・・」
主将と呼ばれた男は、やれやれといった表情で道着の帯を締めなおす。
「オレを止めるなら言葉じゃなくコイツで来いよ!」
そう言って右の拳を前方に突き出して見せつける。
「俺は・・・」
言葉を途中で濁しじっとその拳を見つめる。

「来いよ火山!止めて見ろこの俺を!!」

 

火山が空手部の一員となったのは去年の春の事だ。
入部してすぐの新人戦で全勝し早くからその頭角を表す。
3年生の引退した秋の大会では団体戦で先鋒を務めチームを引っ張り、個人戦では新主将を下して優勝している。
三学期の始め、新主将が空手部の学園抗争参戦を主張した時、真っ先に反対したのが火山だ。
部員の中には火山に好意的なものも多い。
そのため空手部は二派に分裂し柔道部、ボクシング部に遅れを取った。
だが運動部の抗争は今年に持ち越された事で空手部の状況は変わった。
皮肉にも去年の火山の活躍で多くの新入部員を獲得する事となったからだ。
火山は何も知らない彼ら新入部員が、主将の兵隊として傷ついてゆくのを見るのが我慢できなかった。

この時火山は主将に勝負を挑む事を決意する。
自分が勝てば空手部はこの抗争から手を引かせる、だが負ければ主将の言うままにその拳を振るわねばならない。
火山にとっても、そして主将にとっても負けられない戦いなのだ。

 

激しい戦いが終わりを迎えようとしていた。
勝負を決めたのは、主将の一瞬の隙をついた火山の捨て身の肘打ちだった。
右手で胸を押さえたまま土蔵の壁を背にして座り込む。
激しい呼吸、そのたびに鋭い痛みが走る。
敗北を悟ったのだろう、その表情から闘気が消えてゆく。
「主将、約束して下さい・・・二度とその手で人を傷つけないと」
「オレの・・・負けだからな・・・」
火山はその言葉を聞いてゆっくりと近づいてゆく。
「だがそう言ってるお前だって結局・・・」
胸の痛みから途切れ途切れに話す主将。
「火山、結局お前も俺と同じ、拳でしか物事を片付けられない人間なのさ・・・」
その言葉に火山の目が大きく見開かれる。
主将にしてみれば負け惜しみだったかもしれない。
だが火山の衝撃は大きかった。
(俺が・・・主将と同じ・・・)
その言葉は火山の耳から消えることは無かった。
火山は腹を押さえたままよろめきながら立ちあがる主将に肩を貸す。
主将の体を支え歩き出す火山の心の中には小さな嵐が生まれていた。

 

「そろそろ行くとするか」
学園近くの土手で眠っていた台風は下校の鐘の音で目を覚ますと、体に付いた雑草や土を 払った。
遠くに見える校舎の時計は5時を少し回っている。

土手の斜面を上がりかけたところで台風の前に一人の少女が立ち塞がる。
「裏山へは・・・行かせない」
小柄な体に真新しい大文字学園の制服、そして緑色の髪止め。
「さては静波の子分か?」
台風の問いに対しその少女から返事は無かった。
その少女の瞳をじっと睨み据えたまま土手を登り切る。
土手を上がると、そこは白い土が剥き出しの舗装されていない道だった。
車は進入できない事から学園の生徒や近隣の住民のジョギングコースになっている。
「おヌシのような小娘にこのワシが止められるものか」
その警告は台風の本心だった。
屈強の空手部員が束になっても彼には全く歯が立たなかった。
目の前の少女に倒される事など考えられない事だ。
「やってみなければわからないわ」 その少女は静かに断言する。
その瞬間、台風がキレた。
叫びながらものすごい勢いで走りだす。 両手を振り上げて掴みかかる!

「今よ!姉さん!!!!」

その少女の合図で斜面の死角から現われるもう一人の少女。
突っ込んでくる台風の足元に狙いを定める。
足払い!
不意を突かれそれを避ける事が出来ない。
「グワッ!!??」
つまづいた台風はそのままの勢いで地面を滑っていく。
台風は両手両膝をひどく擦り剥いた。
「おヌシら!?」
二人の少女を見上げ驚きの表情を浮かべる台風。
その顔面目掛けて二人の蹴りが飛ぶ!

二人の少女の繰り出すその蹴りはそれぞれ台風の鼻と顎の絆創膏を「同時」に捉えた!
負傷の癒えていない、しかも急所の鼻と顎を狙った蹴り。
不意を突かれた上に両手両足を着いたままの姿勢、台風は全く避けようがない。
衝撃で仰け反るようにして後方へ浮き上がる台風の体、白い土の上に台風の95キロの巨体が大の字となる。
台風の見上げる空が夕暮れに染まっていた。
口の中に血の味が広がる。

急所の鼻と顎を蹴られ滲む視界に、二人の少女が慎重に近づいてくるのが映ってい る。
(こ、このワシが・・・)
やがて台風の意識は地面よりも深く沈んでいった・・・。

静波の父親は危険な大文字学園への入学を認めた。
それは彼女を守る方法を考え出したからだ。
その方法とは彼女の為にボディガードを雇う事だった。

そう、プロのボディガードを。

(続きは巴道場のメールマガジン「それいけ! 巴新聞」で連載しております)