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どこで見つけてきたものなのか、ひどくオンボロなスーパーカブが二人乗りして街を走っている。
「ほら、急げーっ!」
「OK!」
スーパーカブのマフラーから薄紫の煙が吐き出される。
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「かかってこいよ。こういうのは挑戦者が向かってくるもんだぜ」
「ワシが挑戦者か?おヌシの大口は変わっとらんのぉ」
「事実だぜ、これはよ」
お互いの牽制は続く。台風はケンカするつもりなどないから出来れば牽制だけで済んでほしいと思っている。そっとしておいてくれよ豆八・・・静かにどこかへ行ってしまいたいんじゃ・・・。
陣八は最近あまりケンカをしていない。立場的に挑戦者ではなくなってしまったせいだろう。そろそろキチンと高校を卒業して、しっかりとこれからの進路を考える時期なのかもしれないということも思っていた。でも今日は違う。さっきは台風を挑戦者だと言ったけれど、もちろん挑戦者はオレだ。台風は今でもこの街の重量級チャンピオンだ。さぁチャンピオンシップのセレモニーはこのへんまでだ。勝手にゴングを鳴らせてもらうぜ・・・!
ジリッと陣八の右足が後ろへ下がる。その足で地面を蹴って、もの凄い速さで台風の懐へ入ってくる!あっという間に距離が詰まったことに、台風は素直な感動を覚えた。”塀の中”でもここまでの素早さを持った相手には出会わなかった。
台風は台風で、脇をガッチリと締めて両腕に力を込める。おそらくアゴにまで陣八のパンチは届くまい。だとしたらこの体ごとぶつけてくるようなパンチはワシの腹をめがけてくるだろう。打たれ強さには自信がある。打たせて受け止めるか、そのまえに掴まえるか!?
しかし、陣八は台風が出してきた腕を潜り抜けたかと思うと、その瞬間、宙に浮き上がった。陣八の勢いはそのまま右拳に乗り台風のアゴめがけて飛んでくる!速い!
「ぐぅ・・・!」
ワシの出張ったアゴなら的が大きいだけに逃れることは無理か・・・。
バタッ。
台風は倒れた。しかしアゴに痛みはない。横たわった台風の体を横から両腕に包むようにして、不破が一緒に倒れている。
「不破・・・!?」
「ヨォ。間に合った・・・ズラ」
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操は居酒屋に残り、その場にいる者や電話を使って連絡を急いだ。
「もしもしぃ!あたし操!今日の場所、変更!大門寺の境内だよ!」
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バイクのスタンドを立てる間も惜しんで不破は台風に飛びついていた。
バイクを降り走り向かう最中、ずっと「止めろ止めろ!」と叫んでいたのだが、台風も陣八も聞こえていなかった。
「おヌシ・・・どうしてここに・・・」
「あいつが教えてくれたズラ」
そう言って不破が顔を向けたところには、スクーターに腰掛けたままその場でどうしていいのか戸惑っているたかしがいた。
「たかしぃーっ!ここに来るなって言っただろーっ!」
陣八がたかしのもとに駆け寄る。
たかしの姿を確認した途端、台風の表情が、冷たく青ざめる。約一年、頭を冷やしていたはずがまたしても怒りが込み上げる。
「・・・まだウロチョロしてんのかぁ・・・ぁあ!?」
その怒声に、木々の葉がざわめく。台風が一歩一歩たかしに近づくたびに、その場の空気が重くなっていくように感じる。
「よせ!台風!」不破がしがみつくが簡単に引き剥がされる。
続いて周囲を取り囲んでいた男達が台風の前に立ちふさがろうとする。しかし、まさに台風のように、吹き飛ばされて押さえつけることができない。だが。
不破は恐れている。ここにいる者の中には陣八に勝るとも劣らない腕のたつ男がいくらでも含まれている。台風が陣八の仲間であると思うからこそ押さつける程度にしてくれているだろうが、牙を剥き出したら今のオレが止められるだろうか。ここで怪我でもしたら、サンドマンズのデビューはどうなってしまうのか・・・延期や、最悪の場合中止なんてことにもなるかもしれない・・・デビューを誰より喜んでいてくれている操はどれほどガッカリするだろう・・・そんな風に考えてしまうようになっている自分に驚く。どうした!?学園アラシと呼ばれた不破源次郎!
「心配すんな、オレに任せとけ」
ポンと肩を叩かれたと同時に、そのささやき声を残して後ろから不破の前の、台風たちに向かって見なれた背中が歩いていく。
騒然とした台風の周りなのに、ヒョイヒョイと抵抗なく中心に近づいていく。
たかしの目前までやってくる台風。岩のような拳が固く握られていく。とうとう止められないと判断した陣八の仲間たちはお互い顔を見合わせ、覚悟を決める。
またやってしまうのか・・・誰か・・・止めてくれ・・・
目を閉じて拳を振り下ろした台風が、予想以上の手応えに目を開けると、そこに立っていたのは台風のパンチで鼻血を出しながら、ニカッと笑う・・・巴男吾だった。
「元気そうじゃねぇか、台風!」
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台風は我が目を疑った。さっきまでたかしがいたはずのところに男吾が立っている。
不破も、同じく我が目を疑った。男吾がなにもしないのに、台風を取り巻いていた男達が退いていた。
男吾は何事もなかったように台風の胸をポコンと軽くこづく。
「これ、お返しな」
その胸が熱く感じる。
そして男吾はクルリと身を翻し、その背後で目を丸くしながらもたかしをかばっていた陣八を見つめる。
「おう、陣八!」
「・・・アニキ・・・」
「こっちは選手交代したかんな、オレが相手だ。台風にはケガなんてしてもらっちゃ困るんでな」
離れたところからやけに訛りのある声が聞こえてきた。
「ヘーイ、男吾〜!ダイジョウブ〜?」
トム・サンクスが男吾に追いつけず、石階段をヘトヘトになって上がってきた。さすがに不破も台風も、その外国人が男吾とどういう関係なのか知らなかった。不破は笑うしかなかった。さすがに男吾のやることにはついていけねぇズラ。「おー、オレも『助っ人候補の二人』も、どうやら無事みてぇだ!」
「ヨカッタね〜、じゃあ早速行きましょうか男・・・」
「ちょっと待てよ!」
陣八がニヤリと笑ってみせる。
「選手交代したんだろ。・・・やろうぜ」
男吾がひとさし指を一本立てる。
「おし、一発勝負な」
「あぁ」
「せーのっ!」
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続々と大門寺に向かう車や自転車の数。
その中には操を助手席に乗せた車もある。ハンドルを握るのはケンジだ。
「なんであんた、さっきから信号に捕まるのよ!もう!」
「そんなのオレのせいかよ〜・・・なんて女だよ・・・だいたい今日は重量オーバーだっつーの・・・」
「なに言ってんの!ほら、また信号黄色だよ!飛ばせぇ〜!」
「黄色は”突っ走れ”って意味じゃねぇぞ〜!」
後部座席には関脇”大文字”こと河内と、相撲部屋のおかみさんがニコニコして座っている。
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巴流の基本は自然体。陣八はそれを常日頃から念頭においていた。自然体であればつねにどの方向にでも移動できる。ルールがないケンカにおいてひとつの攻撃法にこだわることは、自らの攻撃はおろか防御の幅すら狭める結果になる。
だからこそ今、男吾と拳を合わせる場面においても真正面からまともにぶつかるのではなく、男吾の動きに合わせて動きながらも想像以上の攻撃をしかけてやろうと思っていた。事実、陣八のケンカの引出しには数え切れないくらいのパターンが用意されていた。
ところが。
男吾はごく自然に、まるでこれから散歩にでも行くかのような表情のまま近づいて、ごくごく自然に振り上げた腕で陣八の被っていた学帽だけを軽くはじき飛ばした。学帽はうまく折りあがった紙飛行機のように遠くに飛ばされた。
「よし、陣八。・・・一緒に行くか」
「行くか、って・・・?」
「台風。お前も行こう。お前らの力貸してくれ」
そう言われた台風も、陣八もあっけにとられるばかりだった。
「巴よ。なんのこっちゃわからんが、わしゃおヌシの前にはいられんのじゃ。わしゃ・・・」
男吾は大きく息を吸い込んで一気に吐き出した。
「くだらねぇこと言ってんじゃねぇー!!」
それは台風の胸に、陣八の胸に、さらには不破の胸にも突き刺さった。
たかしは男吾の声に驚いた拍子に、後ろにあったスクーターごとひっくりかえった。急にたかしは号泣しだしてしまった。陣八がやさしく話しかける。
「台風はなにも話さなかった。オレも聞こうとはしなかった。それがお前は、余計につらかったのか」
泣きながら、たかしはすべてを話した。皆静かに聞いた。トムサンクスだけがソワソワしていたが。
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(続きは巴道場のメールマガジン「それいけ!
巴新聞」で連載しております)
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